『一目惚れ』とか、『運命の出逢い』とか。
自分の心境を語るのに、そんな乙女チックな言葉を使うなんて思ってもみなかった。
だからこうして冷静に驚いている事と、それに伴う動揺は言ってみれば『快挙』で。
同時に『禁忌』であることも理性では理解していた。
どうしよう、と悩んだところで解決なんかしようもないけど。
気付いたらぐるぐると考え込んでしまっている。
こうして人形のように身動きできないままでいることしか、今の私にはできないから。
平成RPG
◆ LEVEL 1 ◆
ビギナーズラックと教師の役割
【ROUND-1】
教室に、天使が居ると思った。
ふと頭に浮かんだその表現は彼女にぴたりと合っていて。
しかもそれがとてつもなく恥ずかしい表現であることに気付いたのは、ぼーっとしていた私を現実に呼び戻すだれかの「先生?」と言う声を聞いた数秒後だった。
あわてて残っている生徒の出席確認をし、授業に移ったが私はそのときの記憶がほとんど無い。
きっと最高にかっこ悪い授業になっていたと思う。
「どうだった、ミキティー。初の授業は?」
「ご…理事長。校内では先生って呼んでください」
放課後、帰ろうと職員室を出た直後にごっちんに話しかけられた。
「いーじゃん、もう誰も居ないし」
「そっか。だよね」
改めて見た腕時計は、もうすぐゴールデンタイムの終了時刻。
さすがにもう校内には警備員さんくらいしか残っていないだろう。
ごっちんがふらっとホールの方へ歩き出したので、私もそれに習った。
「緊張した?」
さっきの「初授業がどーの」って話だろう。
私は少し考えて、正直な感想を言うことにした。
「緊張した。あんま記憶ないもん。ってか…」
「ん?」
やめた。
こんなこと人に言うもんじゃないよね。
「「ってか…」なに?」
「なんでもない」
言えるもんか。
「なにさ〜?」
しつこく食い下がりながらごっちんはホールのベンチに座った。
私は人ひとり半くらいのスペースをとって、隣に座る。
「なんでもないって」
「気になるなぁ」
ホントしつこい。
これは何か別の話題を振らなきゃ。
「それよりさ…」
「ん〜?」
「えっと……あ、そうだ。ごっちんは何でこんな遅くまで学校に残ってたの?」
よくわかんないけど、理事長ってそんなに忙しいのかな?
「なんでって…。ミキティーがいたからだよ」
「はァ?」
「ふたりで話そうかと思って」
「そんなん…ひとこと声かけてくれればよかったのに」
「だって〜。なんか、考え込んでるみたいだったしさ」
「だ、だからって一緒に残ってることないじゃん」
生徒の完全下校時刻をすぎて、教員もみんな帰って私ひとりになったのなんか、もう何時間も前だ。
ごっちんは私が帰ろうとするまでずっと待ってたってこと?
職員室のドアの前で…。
「ま、ミキティーが帰るって言ってもこのくらいの時間まで学校に拉致してるつもりだったし」
「…は……え?」
周りは暗くて表情はわかんないけど、この声の調子はきっと何かを企んでる感じだ。
絶対そうだ。
「なに〜? これから「童心に帰って肝試ししよう」とか言い出すつもり? トイレの花子さんに会いに行こうって?」
「お、ミキティー鋭いっ! かすってる!」
うわ…、もう何なんだ…。
「私、帰るわ。今日の反省して、明日の授業のノート作らないと」
「待って待って待ってよ〜!」
立ち上がった私の腕にごっちんが全力ですがり付いてくる。
「いたたたたたっ! ちょっ! わかったわかった!」
もう一度座りなおして一息つく。
「なんなの?」
「えっと〜、何をどこから話せばいいのかな? まぁ、とりあえず、ミキティーにはこれから『仕事』してもらいます」
「はァァ!??」
理事長直々に残業命令?
ごっちんが両手を私の肩に手を置いて「まぁまぁ」と言ったので、一旦落ち着いてやることにした。
「んぁ〜、『仕事』ってのは学校の仕事じゃなくて…、なんてゆーか…ボランティア的な?」
「ぼっ、ぼらんてぃあ!? こんな時間になにすんの?」
「ユーレイ退治」
「………………??????」
ちょっと待って。
頭がうまく回らない。
あれ? 気のせいかな?
ごっちんがさらにおかしくなっちゃった?
いや、私がおかしくなっちゃったのかな?
「とりあえず。ミキティー、こっち来て」
私は何がなんだかさっぱりわかんないまま、ごっちんに手を引かれてホールを出た。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「今日の藤本先生の授業、めちゃくちゃだったね」
「…だれ?」
「藤本先生だよ! 数学の」
初めて高校での本格的な授業があった今日。
やっぱり、さゆはれいなの家に居て。
れいなはなんとかってゆーゲームをしてて、さゆはそれをぼーっと見ながらずっと考えていた藤本先生の話を振った。
れいな、ゲームしてたら全然さゆのこと構ってくれなくてヒマなんだもん。
いつもそれほど構ってくれるわけじゃないけど…。
「…あ〜。新任って言ってたから、緊張してたんじゃない?」
「違うよ。さゆが教室にいたから緊張したんだよ」
「あ〜…。………は?」
「だって藤本先生、さゆの方見てピタッて固まっちゃって。きっと、さゆがかわいすぎたから」
「また始まった…そーいえば入学式んときから言ってるよね。藤本先生がどーのって…あ、負けちゃった…」
れいなはコントローラーを置いてリセットボタンを押した。
テレビの画面は一番最初の画面に戻る。
ゲーム中、ロードしてる間だけれいなはさゆの方を見てくれる。
「そう。さゆは藤本先生に一目ぼれしたの」
「はいはい。それもう5回くらい聞いた」
「どうしよう。ね、れいな」
「なにが?」
「やっぱ告白したほうがいいよね」
「は?」
「あ、早すぎるかなぁ? でもね、「早いもん勝ち」とか、「先手必勝」とかってゆー言葉もあるでしょ?」
「あー、んー…。さゆはもうちょっと勉強したほうがいいと思う。色々…」
ゲームがタイトル画面になった。
れいなが操作をして続きから始める。
真っ暗な画面の端には『NOW LORDING』。
「色々って?」
「色々は色々。常識とか。あ、その前に日本語」
言って、れいながテーブルに乗ったコップを見る。
ふたつ並んでいるそれは、両方空で。
床に置いてあるペットボトルも空。
「そーいえば、お茶もう無かった」
「常識くらいあるもん。日本語も喋れるもん」
「日本語喋れても会話できなきゃ喋れないのと同じだよ」
部屋の隅に置いてある小さい冷蔵庫を開けながられいなが言う。
さっきさゆも見たけど、その中にもお茶は無かったよ。
アロエのヨーグルトとチョコしか入ってなかった。
ってゆーか、れいなさゆの話真剣に聞いてくれてないよね。
他の話はこの際もうどーでもいい。
この話、藤本先生の話くらい真剣に、ゲームしながらとか冷蔵庫開けながらとかじゃなくて、ちゃんとさゆと向き合って聞いてほしかった。
だって、さゆは真剣なんだもん。
「……れーなのばーかっ!」
「はっ? あ、ちょっ、どこ行くの?」
「帰る」
「…あっ…そ。ばいばい」
れいなの部屋を出て、れいなの家を出て、さゆの家の前まで来たとき(って言っても向かいの家なんだけど)、ケンカしたまま別れたのを後悔した。
明日の朝もいつも通り一緒に学校行きたいし、今日もきっとこのままじゃろくに眠れない。
そうだ、コンビニでお茶買ってきてあげよう。
いつもは一緒に行って割りカンだけど、今日はれいなに全額払わせて。
ケンカ両成敗、だよね。
【ROUND-2】
「じゃーん! 着きました〜」
「……………」
ごっちんに連れてこられたのは理事長室。
ここでなに? ボランティアで幽霊退治なわけ?
どーゆーこと???
「そんで、ここのこのボタンをポチっとな」
ごっちんが机上に置いてある電話をよけて、その下に現れたボタンを押した。
スパイ漫画か。
そこにある本棚が動いて隠し部屋が現れるって?
いくらなんでも…。
すると、なにやら機械音が。
音のするほうを見ると、本棚がある方とは反対側の壁に飾れられている大きな絵画が壁に沈んで、まるでシャッターが開くように上に移動した。
「…え……ご…ごっちん…? これ…本物?」
今まで絵画があったところには、縦横1メートル半くらいで奥行きが30センチくらいの空間。
自動的についた照明に照らされているのは、刃渡り40センチはありそうなナイフとか(しかも鞘はお札まみれで気持ち悪い)、ごつくてでかい装飾銃やら、ほかにも色々な武器がぎっしりと飾られている。
「うん。ぜ〜んぶ本物」
「えっと…す、すてきな趣味だね。…ごっちんって、こーゆーののコレクターだったんだ…」
ヤバイ。
ちょっと引いた。
「ん〜、別に趣味で集めてるわけじゃなよ? 実際使うし」
いやいやいや。
マジで?
「え〜…っと、それは警察さんとかにはお世話にならないような使い方ですよね? ってか、ちゃんと許可とかとってんの? 明らかにこの空間、法律に違反してますよ?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。うちらの組織は世間に公表されてないだけで、ちゃんと公式だから」
「………いや、待って。日本語おかしい」
「アタシの日本語はおかしいかもしれないけど、アタシたちツァオベリンはちゃんとした組織だからホントだいじょぶだって」
「ちょ、ちょっと! え、なに? ツァオ…ん?」
「まぁ、いーから。この中からテキトーに武器選んで、出撃!」
「だから、ちょっと待ってって!」
話がものすごく色々と省略されている気がする。
第一、こんなん持ち歩いてたら間違いなく捕まるって!
「ミキティー、時間がない! もうヤバイんだって、ホント! 読みが甘かった…!」
「は?」
「これは一般人にはアクセサリー程度にしか目に入らない特別な武器だし」
「どーゆーこと?」
「目には見えるけど、「この人武器持ってる、通報しなきゃ」とかは思わないってこと。そーゆー魔法みたいなのがかかってるの!」
「んな、まるでゲームじゃん。いきなりそんな…」
あ、わかった。
これ、どっきりだ。どっきりじゃん、これ?
ゲームでごっこでお遊びだ。
ごっちん、迫真の演技だなぁ…。
「いーから選んで! いっしょーのお願いお願いお願いおねが」
「わーかった、わかった! とりあえず、こっから好きなの選べばいんでしょ?」
もしかしたらごっちん、私が初授業に失敗したから慰めてくれようとしてるのかな?
こんな風にちょっと変わってるところがまたごっちんらしい。
だったら、ちょっとだけでもノッてみよう。
私は改めて武器を見る。
ん〜、どれにしようかな?
あ、これにしよう。
さっき一番最初に目に入った、鞘がお札まみれのいかにも「曰くつきです」みたいなナイフ。
2本あったので両方を壁から取り外した。
って、あれ?
めちゃくちゃ軽い。
こんなにでかいナイフなのに、箸くらいの重さしかない。
そっか、こんなオモチャ持ってて警察に捕まるわけないよね。
「…よく2本セットの武器だってわかったね」
「え? だって、なんとなく。多いほうがいーかな? って。…ダメ? ルール違反?」
「んーん。やっぱりミキティーはリッターだった」
「リッター?」
「そのナイフ、ゲヴァルティヒ・メッサーを使う人のことだよ」
「ふーん…」
どっきりにしてはすごい手がこんでるなぁ…。
ごっちん、いっつもこんなこと考えて遊んでるのかな?
ゲームのやりすぎだよ。
「よし! じゃあ、出撃!」
「え? ど、どこに?」
「場所は朝娘神社の近くの公園らへん。近くなったら細かい誘導はちゃんとアタシがするから」
「遠っ! ここでするんじゃないの?」
「だから時間無いってゆってるじゃん! 早く、急いで!」
ママママジで??
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
く…暗いよ〜。
怖いよ〜。
やっぱりれいなと一緒に来ればよかった…。
普通にコンビニ行って、お茶を買って。
そこまではよかったけど、早く帰りたくて近道したのが間違いだった。
この公園を突っ切ればすぐに明るい道に出られるんだけど…。
今日はひとりぼっちだから、怖さが倍…いや、4倍くらいかも…。
木が風で揺れる音。
遠くで走る車の音。
耳に付く、自分の足音。
真っ暗。
真っ暗。
……あれ?
いくらなんでも、暗すぎない?
何も見えない。
目を開けているのか、閉じているのか、分からない。
ウソ…。
さゆ……どうしちゃったんだろう…。
れいな…。
藤本先生……。
何も、見えない。
なにも、 聞こえない。
なにも、 わからない 。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
『早く、ミキティー! 急いでって!』
「え!?」
結局無理やり出動させられて、仕方ないから言われた通り公園に向かって歩き出したら、いきなり近くでごっちんの声が聞こえた。
ごっちん、理事長室に居たはずじゃあ…?
辺りを見回してもごっちんどころか人ひとりいやしない。
あ〜、こりゃ相当疲れてんな。
『走って走って! アタシの声聞こえるでしょ!?』
「うわ! また!? なになに?」
『これがアタシのツァオバー・クラフト。アタシは理事長室にいて、この声はミキティーに直接送ってんの。』
「ツァオバー・クラフト…?」
『まぁ、説明は任務終了後にね! 今はただ、目的地に向かう! それだけ!』
…いや〜、もしかしてこれ…どっきりじゃない?
【ROUND-3】
『次、左の道行って!』
「え? 右じゃないの!?」
『左行ったほうが近いの!』
「ハイハイ」
『うん。……どう? もうすぐ現場なはずなんだけど…』
ごっちんが言った通り、もうそれは見えていた。
けど、実際に見てもやっぱり信じられない。
だって、あまりにも…現実離れしてる。
『ねぇ、ミキティー!? 聞こえる?』
「……聞こえる」
『あぁ、びっくりした…ちゃんと返事してよ』
「ごめ…だって、あれ…」
どんなに暗くても、どんなに離れていても、間違いようも無い。
公園の遊歩道の真ん中で倒れているあのこは…。
「道重―っ!!」
『わ! びっくりした…2回目』
「ごっちん、ふざけてる場合じゃないって! あれ道重じゃん! ってか、あの黒いの何!?」
道重が倒れている真上には黒いモヤみたいなのが浮かんでいる。
『うん。あれがトーテ。人の魂を削ぎ取って、死者の国へ連れていこうとする悪いヤツ!』
「なんでもいーよ! なにあれ!? どーしたらいーの!?」
『なんのためにアタシがミキティーに武器持たせたってのさ』
「あ…」
『戦い方は分かるはずだよ』
私は腰にクロスさせるように下げていた2本のナイフを鞘から抜いた。
右手では普通に持って黒い影に突きつけ、左手では逆さに持って顔の横で構える。
右はフェンシング、左は槍投げみたいな、少々アンバランスに思える構え方だが、私は何故だかこの構え方が自然にでき、もう何年も前からこうして戦っていた…そんな気がした。
「道重から離れろ」
影には手も足も顔もないけど、なんとなくこっちを向いた気がした。
けど、向いただけでそこから動く気配はない。
「そこを、どけって言ってんだろ!!!」
間合いをつめて、左足を軸にし、体をひねって影めがけて右のナイフを横に振る。
が、それは空を切っただけで影には当たらなかった。
思ったより動きが早い。
「くっそぉうわ!」
いきなり影が反撃をしてきた。
見えない衝撃波みたいなのをまともに食らい、後ろに飛ばされた。
「がっは…!」
木にぶつかって一瞬目の前が暗くなる。
『ミキティー!』
「だいじょぶ…。あのヤロウ…!」
『落ち着いて集中して。攻撃が見えるはず』
「死ねぇ!!」
『うわ…アタシの話きいてない』
もう一度ナイフを振る。
今度は当たった!
影がひるんだ隙に右手のナイフを逆さに持ち替えて飛び、両手でナイフを思いっきりそいつに突き立てた。
低い耳障りなうめき声とともに影はゆっくりと消えていった。
「はぁ…はぁ……」
『み、ミキティー…?』
「道重!」
私は地面に倒れたままの道重に駆け寄った。
真っ青な顔で目を閉じていて、私の呼びかけにも応えない。
『大丈夫。魂は削がれてないみたいだし、気を失ってるだけだよ』
「ほんとに!? 病院とか連れてかなくても?」
『あ、やっと会話になった。うん、だいじょぶ、だいじょぶ』
「よ…よかった……」
『それにしても…ミキティー、あの戦い方は危険すぎるよ…。あとで反省会ね』
「あ、どうしよう、道重…。送るにも家わかんないし…」
『おーい?』
それから結局、道重が持っていたケータイで家に連絡し、親には娘さんと公園で偶然会って、少し話していたら突然貧血で倒れてしまい、家も分からなかったのでやむなくケータイを使わせてもらったと言った。
なんの疑いも無く信用されたのは、私が道重の通う朝娘学園の教師であったためだろう。
教師暦1日にしてこの仕事やっててよかったと思えたのは、日本中さがしても私だけなのではないだろうか。
☆★次回予告☆★
ども。 藤本です。
こんなことになるなんて、思ってもみなかったよ。
あ、色んな意味でね。
ってか、ソッコー私の秘密、ごっちんにバレるしさぁ。
こんなことなら違う学校に就職してれば…。
うまい話には裏があるってヤツ? やっぱ。
次回、平成RPG 第2話
『適度に適当に』
え?
もう新メンバー加入するの?
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