タイムカプセル



 そして今日も午後9時。

 毎日こんな時間まで電話とパソコンの前で格闘。
 苦手だった丁寧な敬語も板について、私も、もうすっかり社会人だなぁなんて。

 そんな感慨に浸ることも忘れていた。
 今日届いた1通のメールを見るまでは。


  ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★


 始まりは、2週間くらい前。
 ぱったりと連絡が途絶えていた中学時代の同級生からの久々のメール。


 『次の金曜日、覚えてる?』


 あまりに覚えがなかったので、何かのいたずらかと思ったほどだ。

 けど、その子はそんなイタズラをするような暇な人ではなかったし、やっぱり私がそのことを全く覚えていないのだろうと思い、正直にそう返信した。


 『やっぱり忘れてると思ってた』


 すみません。


 『中学卒業するときに、みんなでタイムカプセル作ったの覚えてない?』


 タイムカプセル…。
 そういえば、作ったような気がしないでもない。

 そうか。
 次の金曜に、それを開けると。


 『そう。 10年後の私へってメッセージをね』


 あぁ。
 だんだん思い出してきた。

 名刺よりも少し大きめなカードにそれぞれ10年後の自分へってメッセージを書いて、プラスチック製の箱に入れたんだ。

 ま、10年前の自分が今の自分に何のメッセージを残したのかなんて、そんなことまではさすがに思い出せはしなかったけど。


 『美貴ちゃん、今東京にいるんだよね? こっちまで来れそう?』


 う〜ん。
 ちょっと頑張れば1日くらいなんとかなりそうだけど。

 でもそれだけのために地元まで帰るってのもね。

 ま、みんなに、こうしてメールをくれた子にも会いたい気もするけど。
 実際、厳しいかも。


 『そうだよね。 平日だし、美貴ちゃん、いつも忙しそうだもんね』


 ごめんね。


 『私、今地元にいるから美貴ちゃんの分のやつ受け取って、郵送してあげようか?』


 いや、それはいいかな。

 そこまで興味ないし、それに「今何してますか、元気ですか」なんてありきたりなことしか書いてないだろうし。
 けど、それだとせっかく好意で知らせてくれた友人に悪い気がしたので。

 写メとって送ってよ。

 と、返信したのだ。


  ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★


 で、今日がそのタイムカプセルの開封日。
 その子は約束どおりに私のメッセージカードの写メを送ってきてくれた。

 実はそのメールを見るまで、(またしても)そのことを綺麗サッパリ忘れていたのは内緒で。


 「藤本さん、今日はどうする?」

 週末、お決まりの同僚からの呑みの誘い。
 人付き合いの大切さを学んだ私は、いつもはそれに参加するのだが。

 「いや、今日は…」
 「そっか。 それじゃあまた来週に」
 「はい。 お疲れ様です」
 「お疲れ〜」


 一人、会社を出て時計を見ると午後9時を少し回ったところ。

 この時間なら、コンビニ行くしかないかな。


  ☆     ★     ☆     ★     ☆     ★


 家に着くころにはもう10時を回ろうかというところ。
 手に持ったコンビニの袋を見て、何やってんだろ、と自嘲めいたため息をついて部屋のロックを開ける。

 扉を開けると奥からバタバタと騒がしい足音。


 「あっ! ミキちゃんおかえりぃ〜」
 「ただいま、あやちゃん」

 その満面の笑みに、つられて顔が緩む。

 「今日は飲みに行かなかったの? ならメールくれれば…あ、なにそれ? あたしにお土産?」

 言うやいなや、あやちゃんが私の手から袋を奪い取って中を見る。

 「ん〜、あやちゃんと私にお土産」
 「あぁ! ケーキだぁ! えっ、何? 今日ってなんかの日だっけ? 記念日?」
 「ん〜ん」
 「あ、その顔はなんかイイコトあった顔だぁ〜。 なぁにあったの?」

 肘で私を突っついてくるあやちゃんをかわしながら、私は自分の部屋に向かう。

 「ねぇ〜ってばー」
 「ちょっ、私着替えてくるから。 ケーキの準備しといて」
 「うわ! 何いっちょ前にテレちゃってるの〜」
 「照れてないっての!」


 しつこく付きまとうあやちゃんを振り切って、やっと着替えを始める。

 その間ずっと、「ってかこんな時間にケーキって、ウチラやばくない?」とか「ミキちゃん、今日の飲み物の気分は〜?」なんていう、あやちゃんの声が聞こえてくるのがおっかしくてたまらなかった。

 それは、今日だから余計。

 こんなこと言ったら、絶対爆笑されるのがオチだから黙っていたいけど、相手があやちゃんだ。
 黙ってるなんて絶対ムリだろう。

 だから私はケータイを操作して、今日、中学時代の同級生から届いた画像つきのメールを表示させた。

 リビングにいる彼女にすぐに見せてあげられるように。


 それは、10年前の私が今の私に宛てたメッセージ。

 まあ、下らないと言えば下らないけど。
 なんてことはない、シンプルすぎるその一言は見事、私のツボにはまってしまったんだ。



   『今、あなたの隣には誰がいますか?』







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