指先が氷の様に冷たく、動きも鈍い。

 毎回毎回、嫌になる。
 彼女の遅刻癖。



熱移動




 どうにかならないの。
 もう子供じゃないのだから。


 って、文句のひとつも言いたくなる。
 なるのだが…。


 遠くから白い息を吐きながら走り寄って来る姿を見ると、もうどうでもよくなってくる様な……。


 「おっス! おら佐藤!」
 「……本気で怒るわよ」

 少しでも反省の色を見せたら、そこで許そうと思ったのに…。

 この、馬鹿。


 「まあまあ、落ち着いて。今日はそんなに遅れてないでしょ?」
 「あのね、聖…。待ち合わせの意味、ちゃんと分かっている? あらかじめ時間と場所を」
 「あー、ハイハイ! 悪かったって! 長いお説教は、ナーシっ!」


 聖の指が私の唇の動きを止める。
 謝り方が適当過ぎる事と、暖かい聖の指が、何だか憎たらしく思えた。


 「…ちょっと」


 私は聖の手を払った。


 「聖。気をつけ」
 「はい?」
 「気、を、つ、け」


 言いながら、聖の両腕を掴んで身体の横に正すと彼女は奇妙な表情をしたまま、素直に背筋も伸ばした。

 少し高くなった聖の顔を見上げる。

 私はそのまま両手を伸ばして優しく包む様に、聖の白い首筋を掴んだ。


 「うわぁ!?」


 少し大げさとも思える動きで、暴れる。

 可愛い…と、思ってしまう私は、やはりサディストの素質があるのだろうか…。


 「冷たいでしょう? 貴女の所為よ」
 「う…。今日の蓉子、何か怖い…」
 「少しは反省できたかしら?」
 「…はい」
 「よろしい」


 私が歩き出すと聖がぴったり横に並んで、腕を絡ませてきた。
 その先で手を繋ぐ。


 「ちょ、ちょっと!」
 「責任取ります」
 「もういいわよ。 街中(まちなか)でこんな…やめて」


 振り払おうとしても、聖はしっかりと私の手を握っていて放してくれない。


 「私はさっき街中で首を掴まれましたが」
 「それとこれとは別でしょ!」
 「まぁまぁ」

 「…それに、聖の手も冷たくなっちゃう」
 「一瞬そうなるかもしれないけど、そのうち熱いくらいになるって」


 へらっと軽く笑う。


 「でも」
 「いいから行こう」


 強引に引っ張られて気付く。

 ……これは…もしかして。


 「聖」
 「ん?」
 「さっき冷たい手で首を掴んだこと、根に持っているでしょう」
 「アッタリ」


 ほら、やっぱり。


 って、はっきりそう言われたら急に顔が熱くなってきた。

 墓穴ほってどうするのよ。


 「今日は蓉子をひっとりじめ〜♪」


 繋いだ手を振り回して、陽気に歌う。


 「変な歌、歌わないで」
 「今日は蓉子とふったりっきり〜♪」
 「もう!」



 やめてって言えば言うほどこれなんだから。


 でも、それほど嫌ではないから、私はそれ以上何も言わずに歩いた。

 たまにはこういうのも良いかもしれないと思いながら。





『熱移動』 終わり




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