white veill 1
「ホントに大丈夫? 今日は休んでもいいんだよ」
「いえ。平気」
最悪だ。
最悪の日なのに。
いや、だからこそ。
私は、こうして今日も出勤した。
紅茶専門の喫茶店、リリアン。
優しい紅茶の香りは、混乱しきった私の心を少しずつ落ち着かせてくれるような気がした。
不安なの
もう私のことは忘れて
別れましょう
ああ。
頭が痛い。
気配に気付いて顔を上げると、目の前で店長の聖が心配そうに私を見ていた。
『ほんとに今日はもう、帰っていいから』
そう言うつもりだったのだろうが、その言葉は来客を知らせるベルの音で遮られた。
私は聖の横をすり抜けて、努めて明るく、接客に向かう。
聖の気遣いは嬉しいけれど。
家で一人でいたら、それこそ…どうにかなってしまいそうだった。
「いら、っしゃいませ」
その客を見たとき、私は思わず何百回と言ったはずの言葉を詰まらせた。
店の照明のせいもあるだろうが、顔を曇らせてうつむいているその人は私よりも辛そうだった。
なんだか、今にも…死んでしまいそうな。
って。
こんなこと思ったら失礼よね。
「お一人様ですか?」
「…ぁ…、はい…」
ふわり、と髪が揺れる。
白い肌。
跳ねた心臓をなんとか抑えて、私は彼女をカウンター席へ案内した。
聖がそのお客さまの前に立って、一度大きく手を叩いた。
「へい、お客さん! 何にしやしょ?」
「…へ?」
「聖、おすし屋さんじゃないのだから…」
他につっこむ人もいないので (というか、店内には3人しかいない) 私が言う。
いきなりの冗談に、やっと反応することができたのか、そのお客さんは遅れて小さく笑った。
それを見て、私も表情がゆるむ。
ああ。
ありがとう、聖。
「えっと…」
「あ、こちらメニュー表です」
私は持っていたメニュー表を彼女に差し出した。
しばらくそれを読む。
きれいな子。
まるで、西洋人形のような。
「あの…おすすめとか、ありますか?」
「あいよ! 板長のおすすめね!」
「聖、それもうやめて」
それから聖は真剣な顔で紅茶を丁寧に淹れる。
私は他のテーブルを拭いたりしながら彼女の様子をうかがう。
やっぱりどこか、陰った表情。
私がこんなに他人のことが気になることは滅多にないのだけれど。
今、私も…、暗い気分だからなのだろうか。
「はい、どうそ。 あなたのためだけの、聖スペシャル」
「あ…ありがとうございます…」
聖が恥ずかしいセリフを言いながら、彼女の前にカップを置く。
私はふと思い立って、スタッフルームに入った。
たしか、昨日聖と食べようと思って、家から持ってきてあったはず。
そして、それを見つけて私は店に戻る。
「どした、江利子? やっぱりアガる?」
「いいえ。 ちょっとコレを取りに行っただけ」
私は紅茶を飲む彼女の横に行って、それを渡した。
「なんですか?」
「チョコレート。 その紅茶によく合うの」
「えっと…」
「これはサービス。 甘いものを食べると、元気が出るのよ」
「サービス、サービスぅ」
「聖、黙って」
「あ、ありがとうございます」
言って、彼女は泣き出してしまった。
何度も礼を言いながら。
これが、私と彼女の出会い。
最悪な日、最高の。
『white veill』 1話 終わり
|