white veill 11
枯葉がうるさいほど耳につく。
もうすぐ、またあの冬がきてしまう。
「私はずっと後悔してた。 やっぱり、別れるんじゃなかったって」
線香をそえながら、支倉さんが静かに言った。
「志摩子と、何度も連絡を取ろうかと思って。 けどやっぱりできなくて……。 それで、やっぱり私は、あのときの弱かった自分のままだったって思い知らされて」
立ち上がって、私に向き合う。
「だから、鳥居さんは強い人だと思います。 …最期まで、志摩子の側にいてあげられて」
「強くなんか…」
私は令と入れ替わりに、志摩子の墓前に立った。
空を見上げると、灰色の雲が視界いっぱいに広がって。
嫌な景色。
あのときの空に、そっくり。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「私、もうすぐ死ぬんです」
「…え?」
一瞬、なんのことだか、誰のことだか、理解できなかった。
もうすぐ、死ぬ、私、…志摩子?
「生まれつき、心臓が悪くて。 この年まで生きているのが奇跡なんです…」
「…そんな…」
あまりに突然で、重すぎる告白に、私は眩暈がした。
「あと1回でも強い発作が起こったら…私は…」
「明日、いや、今こうして話している間にも…死んじゃうかもしれないってこと?」
「…………」
頷く。
「じゃあ…」
「…………」
「じゃあなおさら私と付き合って! 私がずっとそばにいる! それに、私…だって…」
声が震える。
視界が滲む。
泣くな泣くな泣くな!
「…っ、私だって、もしかしたら今隕石が落ちてきて、それが直撃して死んじゃうかもしれない!
通り魔が現れて、ざっくり刺されて死んじゃうかも…!」
「えり…さ…」
志摩子が、顔を両手で俯く。
その指の間から、しずくが零れて。
それは雪と一緒に、地面に吸い込まれてゆく。
「私が…! 志摩子のそばにいるから…!」
† † † † † † †
あのとき、きけなかった言葉を言ってくれる人がここにいる。
ああ、なんて幸せなことだろう。
私は、その言葉だけで、十分。
「ありが…江利子さ…」
顔を上げようとしたら、江利子さんに抱きしめられた。
強く、強く。
あたしの存在を、確かめるように。
「もうすぐ、クリスマスね…」
江利子さんが、私の耳元でささやくように言う。
かかる吐息が、耳に暖かい。
「…はい。 そうですね」
「店のみんなで、パーティーしましょうか」
「はい」
「それから、抜け出して、ふたりでデート」
「はい」
「…お正月には初詣行きましょうね」
「はい」
「春はお花見して…」
「はい」
「夏は…大変。 やりたいことがたくさんあるわ」
「ふふっ…私もです」
「そして秋には、ふたりが出会った記念のデートして」
「…はい」
巡る季節の、ふたりの予定。
包まれる、守られる。
温かい。
「約束ね」
「はい」
「守ってよ?」
「もちろんです」
「私も守るわ」
「もちろん、です」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡
でも、その約束は、ひとつも果たせなくて。
志摩子は、私の元をあっさりと去ってしまった。
あれからずっと、私の時は止まったまま。
また、私から志摩子を奪った冬が来た。
遅すぎる衣替えをしていると、クロゼットの奥からアイボリーのマフラーと、あのとき着ていたコートが出てきた。
思い出す。
痛い痛い痛い。
とてもじゃないけど着られない。
でも、捨てるなんて出来ない。
ぎゅっとコートを抱きしめると、くしゃっと紙がつぶれたような音がした。
コートを探ってみたら、ポケットから見たことがない封筒がでてきた。
自分で仕舞った覚えはまったくない。
中を開けて見てみる。
心臓が大きく音を立てた。
いつか見た、あの規則正しい文字で書かれたそれは、志摩子からの最期の手紙だった。
こっそり手紙を書いてしまいました。
いつか気付いてくれることを願って。
昨日は、本当にありがとうございました。
そばにいるって言ってくれて、すごく嬉しかった。
私は何もしてあげられないし。
むしろ、ひどいことをしてしまうのに。
約束、きっと守れないから。
けど、一つ目のクリスマスの約束は守れるといいな、と思います。
もうすぐですものね。
すごく楽しみです。
本当は、この手紙は違う内容だったんです。
それで、昨日渡すつもりだったでした。
でも、心臓のことだけはやっぱり自分の口から言おうと思って。
そしたら、もうその内容で渡せなくなってしまいました。
江利子さんが、そばにいるって言ってくれたから。
「ごめんなさい」
って、たくさん書いた手紙なんてもらったら嫌な気持ちになりますよね。
だからこれは、お礼の手紙です。
ありがとうございます。
抱きしめてくれて。
ありがとうございます。
私を好きになってくれて。
ありがとうございます。
あの時、あなたから貰ったチョコレートの味、絶対に忘れません。
志摩子より
大好きな江利子さんへ
だめ…。
やめてよ、志摩子……。
P.S.
風邪をひかないように
お仕事がんばってください
最後まで変わらない、志摩子の言葉に。
私はまた泣いた。
『white veill』 終わり
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