white veill



 それから、志摩子の来店率はだんだんと高くなって。
 私たちふたりは、よくどこかに遊びに行ったりした。


 「志摩子さんと付き合ってるんですか?」

 いつものように出勤して、スタッフルームでエプロンをつけているといきなり由乃ちゃんに言われた。
 その横にいる祐巳ちゃんも興味深々という表情で私を見つめている。


 彼女たちもこの喫茶店で働いている従業員で。
 由乃ちゃんは去年の春くらいから、祐巳ちゃんは最近入ったバイトだ。


 それにしても。
 なんてことを訊くのかしら。

 「付き合ってはないわ。 そうね…。 手つないで遊びに行くだけ」
 「え!? 付き合ってないんですか!?」
 「ちょっ! それは失礼だよ、祐巳」


 自分のことは棚に上げて、由乃ちゃんが祐巳ちゃんをたしなめる。

 この二人は一週間くらい前から付き合っていて、だからこういう話題が出てきたのかと今更理解する。

 そもそも祐巳ちゃんがここで働きたいと言い出したのは、由乃ちゃんがいるからなのよね。


 「いいのよ」

 ちょっとした口げんかを始めていたふたりに微笑んで、スタッフルームを出る。
 少し遅れて、ふたりも私の後について出てきた。


 「それじゃあ、お先に失礼しまーす」
 「失礼しまーす」
 「はぁーい、ふたりともお疲れさん」


 手を振る聖に揃って頭を下げて、店から出て行く。


 少しすると、店の窓から遠くに手をつないで歩く二人の姿が見えた。

 微笑ましい光景。



 付き合う、か。


 さっきの由乃ちゃんの言葉が浮かんだ。

 何度か、言おうと思った。
 けれど。

 私はなぜか、ときどき陰る志摩子の表情が気になって。
 あと一歩が、踏み出せずにいたのだ。



  †     †     †     †     †     †     †



 「由乃さんが、そんなことを?」
 「ええ。 はたから見ると、そういうふうに見えるのかしらね?」

 次の土曜日。
 私は志摩子をお昼に誘い、パスタ屋へ来ていた。


 無理をして私についてきているのではないかと不安になるほど、誘いを断られることは今まで無い。

 なるべく、明るい方向に考えたくて、私は先日由乃ちゃんと話したことを志摩子に言った。



 「私たちはそういうのではないのにね」


 無意識に、本音を隠した牽制球。


 「は、い……。 私は、もう…どなたかとお付き合いするつもりは、無いので」



 あ、これは…、ちょっとショック。
 だけど、私は私で……。


 「そうね…。 私も今はまだ」
 「「今は」…?」
 「ちょっとね。 最近…別れた、ばっかりで」
 「あ…すみません…」
 「…………」
 「…………」


 沈黙。


 「あら。 訊かないの?」

 志摩子がそんなこと訊くわけがないことは分かっていたけれど。
 私は、訊いてもらいたかったからわざとそんな言い方をした…のかもしれない。


 「私が、聞いてもよろしいことなら…」
 「ええ」


 そして私は、あの日以来初めて、彼女の名を口にした。





『white veill』 5話 終わり





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