white veill



 「別れましょう」


 仕事から帰ってきて、突然蓉子にそう言われた。
 私は混乱して、しばらく何も言えなかった。


 「な、……」


 声にならない。
 どうして。 突然。 なぜ。


 蓉子の手には大きなバッグ。
 部屋の中には蓉子の私物がひとつもなくなっていた。


 「今日、昼のうちに自分の家に運んだの」

 私の目線に気がついたのか、蓉子が言った。


 「…冗談でしょう?」
 「本気よ」
 「なん…」
 「不安なの」
 「ふあ、ん…?」
 「もう、江利子を信じきれない」


 言って、私の方 ――玄関へ。


 「ちょっと! 待って、どうして!?」
 「そんなこと…自分が一番よくわかっているでしょ? もう私のことは忘れて」



 蓉子が出てった後、私はしばらくその場で立ち尽くすしかできなくて。


 なぜ、こんなことになったのか全く見当がつかない。


 電話をかけても、蓉子の家に行っても会ってくれない。


 蓉子が最後に言った、温度の無い、乾いた声が耳から離れなくて。

 もう、どうしようもできない。


 私は、自分を殺してしまいたかった。



  †     †     †     †     †     †     †



 「その次の日よ。 志摩子が死にそうな顔でコーヒーショップに来たのは」
 「し…」
 「あのときは本当に焦ったわ。 私よりも深刻な顔をしていたんですもの」
 「それは…私も…、その日…」



  †     †     †     †     †     †     †



 「別れて、ください…」

 大事な話があるから。 と、私は令さんを呼び出してそう言った。

 「は…え?」
 「もう、私…たち…」
 「ちょ、なんで? 志摩子、それ新しい冗談?」
 「冗談では…。 あの、きいてください」



 そして、私は令さんに全て事情を話した。
 段々と苦しげな表情に変わってゆく令さんを見ていると、泣いてしまいそうになったけれど。


 だけど、私は、泣いてはいけない。


 「今まで、黙っててごめんなさい…」
 「ほんと…なの?」
 「ごめんなさい だから、お願…」
 「………別れたく、ない」


 私は必死の思いで首を振る。

 「後悔、してしまいますから…」
 「後悔なんかしないよ」
 「令さんのこと、本当に好きなんです。 だから、幸せになってほしくて」
 「志摩子、自分勝手すぎだよ!」


 ごめんなさい。


 あたしはただ、謝ることしかできなくて。
 ずっと俯いて、謝り続けた。

 令さんの泣き顔を見るのが、あまりに辛くて。



  †     †     †     †     †     †     †



 「志摩子は振ったほうだったのね。 私はてっきり、振られたのかと」
 「……けど、そうかもしれません」
 「え? どうして?」


 大雑把にきいただけだから、私にはその意味がよく分からなかった。

 そして、言った直後に後悔。


 その部分は、話したくなかったから、話さなかったのに。


 「なんて。 あれこれ詮索すんのは失礼よね」

 私は表情を強張らせてしまった志摩子に、急いで言う。

 「あ、えっと…」
 「ごめんね。 …あ、そろそろ仕事に行かなきゃ。 志摩子はどうする?」


 本当は店長の聖がいないから、今日は仕事は休みなんだけれど。
 会話を切り替えるのにほかの口実がすぐに思い浮かばなかった。

 「え、えっと。 今日は帰ります。 あの、レポートがあるので」
 「そう。 がんばってね」
 「はい。 江利子さんも」



 店を出て一人になると、ずいぶん風が冷たく感じられた。
 容赦なく体に入り込んでくる、刺すような冬の空気。


 去年はあった、隣のぬくもりを思い出す。



 蓉子。


 今頃、何をしているのかしら。





『white veill』 6話 終わり




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