white veill 6
「別れましょう」
仕事から帰ってきて、突然蓉子にそう言われた。
私は混乱して、しばらく何も言えなかった。
「な、……」
声にならない。
どうして。 突然。 なぜ。
蓉子の手には大きなバッグ。
部屋の中には蓉子の私物がひとつもなくなっていた。
「今日、昼のうちに自分の家に運んだの」
私の目線に気がついたのか、蓉子が言った。
「…冗談でしょう?」
「本気よ」
「なん…」
「不安なの」
「ふあ、ん…?」
「もう、江利子を信じきれない」
言って、私の方 ――玄関へ。
「ちょっと! 待って、どうして!?」
「そんなこと…自分が一番よくわかっているでしょ? もう私のことは忘れて」
蓉子が出てった後、私はしばらくその場で立ち尽くすしかできなくて。
なぜ、こんなことになったのか全く見当がつかない。
電話をかけても、蓉子の家に行っても会ってくれない。
蓉子が最後に言った、温度の無い、乾いた声が耳から離れなくて。
もう、どうしようもできない。
私は、自分を殺してしまいたかった。
† † † † † † †
「その次の日よ。 志摩子が死にそうな顔でコーヒーショップに来たのは」
「し…」
「あのときは本当に焦ったわ。 私よりも深刻な顔をしていたんですもの」
「それは…私も…、その日…」
† † † † † † †
「別れて、ください…」
大事な話があるから。 と、私は令さんを呼び出してそう言った。
「は…え?」
「もう、私…たち…」
「ちょ、なんで? 志摩子、それ新しい冗談?」
「冗談では…。 あの、きいてください」
そして、私は令さんに全て事情を話した。
段々と苦しげな表情に変わってゆく令さんを見ていると、泣いてしまいそうになったけれど。
だけど、私は、泣いてはいけない。
「今まで、黙っててごめんなさい…」
「ほんと…なの?」
「ごめんなさい だから、お願…」
「………別れたく、ない」
私は必死の思いで首を振る。
「後悔、してしまいますから…」
「後悔なんかしないよ」
「令さんのこと、本当に好きなんです。 だから、幸せになってほしくて」
「志摩子、自分勝手すぎだよ!」
ごめんなさい。
あたしはただ、謝ることしかできなくて。
ずっと俯いて、謝り続けた。
令さんの泣き顔を見るのが、あまりに辛くて。
† † † † † † †
「志摩子は振ったほうだったのね。 私はてっきり、振られたのかと」
「……けど、そうかもしれません」
「え? どうして?」
大雑把にきいただけだから、私にはその意味がよく分からなかった。
そして、言った直後に後悔。
その部分は、話したくなかったから、話さなかったのに。
「なんて。 あれこれ詮索すんのは失礼よね」
私は表情を強張らせてしまった志摩子に、急いで言う。
「あ、えっと…」
「ごめんね。 …あ、そろそろ仕事に行かなきゃ。 志摩子はどうする?」
本当は店長の聖がいないから、今日は仕事は休みなんだけれど。
会話を切り替えるのにほかの口実がすぐに思い浮かばなかった。
「え、えっと。 今日は帰ります。 あの、レポートがあるので」
「そう。 がんばってね」
「はい。 江利子さんも」
店を出て一人になると、ずいぶん風が冷たく感じられた。
容赦なく体に入り込んでくる、刺すような冬の空気。
去年はあった、隣のぬくもりを思い出す。
蓉子。
今頃、何をしているのかしら。
『white veill』 6話 終わり
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