white veill 9
昨日のこと。
私が蓉子と会って、祐巳ちゃんと由乃ちゃんを見た時のあの様子を江利子に話そうか。
けど、それは余計なことかもしれない。
そうして悩んでいるうちに、店に志摩子が来てしまって。
結局、江利子には何も話せなかった。
志摩子が来るようになってから、江利子は前よりもよく笑うようになったし。
このまま、触れずにいたほうがいいのかもしれない。
「聖、何ぼーっとしているの? 今私が言った注文、聞いていた?」
「え、あぁ。 ごめんごめん」
「もう、しっかりしてよね…」
江利子の説教が始まりそうになった瞬間、来客を知らせるドアのベルが鳴った。
「はいはい。 あ、ほら江利子、またお客さん来たから接客行って」
「わかってるわよ。 いらっしゃ ――っ」
入り口の方を見て固まっている江利子。
なんか変な客が来たのかと見てみると。
「久しぶりね、江利子」
「よう…こ…」
うわっちゃー…。
なんだコレ。
どうしよう。
ちらりと横を見ると、志摩子も何事かと二人の方を見ていた。
「仕事、何時に終わるの?」
「今日は…店、閉まるまでだから…9時には」
「それじゃ、待ってるから」
「…どうして?」
「話があるの。 あんなに江利子のこと避けてて、一方的で本当にごめんなさい。 だけど、大事な話なの」
「行っていいよ」
私は二人の会話に割って入った。
「聖?」
「江利子はもう上がってよし」
「けど…」
「今日は平日だし、由乃ちゃんも来るし。 9時まであと何時間あると思ってるのさ」
「…………」
「江利子」
「わかったわよ…」
これで、良かったのかな?
ついさっき、そっとしておいた方がいいって思ったけど。
やっぱり、このままじゃ…だめな気がするんだ。
江利子。
† † † † † † †
静かに話せる場所がいい、ということなので、私は蓉子を喫茶店の近くの公園に誘った。
ベンチに座って、黙り込む。
長い、長い沈黙の後。
蓉子が何か、ポツリと言った。
「…え? なに?」
「…誤解、してたの。 あなたのこと」
「誤解?」
「江利子に、…由乃ちゃんのことが好きだから、別れてくれって。 …言われるのが…怖かった」
最初、何を言っているのか分からなかった。
私が、由乃ちゃんを好き?
「弱かったの…」
蓉子の表情は、髪が邪魔をしてよく見えない。
だけど、声で分かる。
蓉子は、泣いている。
「…、でも…今は違う」
「……………」
「ごめんなさい。 勝手に誤解して、江利子に…酷いこと…」
「……………」
私はしゃべり方を忘れてしまったのだろうか。
何も、言葉が出てこない。
「私たち、もう一度…やり直せない…?」
言葉が、出てこない。
† † † † † † †
気がついたら夜中。
自分の家に一人でいた。
記憶が、途切れ途切れで。
私にも悪いところがあった。
いや、私が悪かったんだ。
蓉子を、不安にさせてしまった。
きちんと説明をしなかった。
なぜ、もっと話をしなかったのだろう。
どうして、変化に気付かなかった?
あんなに、大好きだった蓉子のことなのに。
だけど、やり直そうと言ってくれた蓉子に、私は答えることが出来なかった。
うまく彼女に伝えられたか分からないけれど。
私は。
今、私の心にいるのは。
『white veill』 9話 終わり
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