EXTRA PROBLEM
前編




 この世にこれ以上は無いのではないかと思われるほど、美しく澄み渡った青い空。
 もう夏も終わるというのに、陽炎は未だ道の先を陣取っている。

 こういうときに風が吹いてくれるといいのにな。

 残念ながら今日はほぼ無風状態。
 今はまだ朝だというのに、この暑さはなんだ。

 立ち止まり、肌に張り付くシャツの胸元を掴んでパタパタと動かす。
 そのまま私は向かう先、緩やかな坂の上を見上げた。

 私立山百合女学園。

 今日から私が通う学校。

 人生で初めての女子高だ。
 どんな感じなのかな。

 「よしっ!」

 気合を入れてまた歩き始める。
 今日は転校初日。

 今から立ち止まっているわけにはいかない。


*     *     *     *     *


 「失礼します…」

 軽くノックした後、そのドアを開ける。

 自分の学校の職員室に入るのも緊張するのに、他所の学校(まぁ、今日からは自分の学校なのだけれど)の職員室に入るなんて、この小心者の私の心臓はさっきからうるさくて仕方が無い。


 「あ、福沢さんね?」

 入り口付近で突っ立っていると、奥の方から名前を呼ばれた。

 声のしたほうを向くと、そこには絶世の美女と言っても過言ではないくらい、それはそれは綺麗な女性が優雅に微笑みながら此方に歩み寄ってくるところだった。

 「え、えと…、はい」
 「私は水野蓉子。 あなたのクラスの担任で、国語を担当しています」

 こんな美人さんが担任んん!?
 うわぁ、毎日HRの時間とか国語の授業とか楽しみって違う違う!

 「あ、あの! こちらこそ、よろしくお願いします」
 「えぇ。 それじゃあ教室に行きましょうか」


 言って、水野先生は私の手を取って歩き出した。

 あわわわ。
 なになに?
 なんで手つなぐの??

 これが普通?
 女子高ではこれが普通なの?


 私はさっきよりうるさくなった心臓を宥めるのに必死になりすぎて、教室までの道のりで何度も転びそうになってしまった。


*     *     *     *     *


 教室に入ると、そこはまさに女の園。
 右を見ても左を見ても、女の子だらけ。

 女子高なのだから、当たり前だけど。

 「今日からこの学校に通うことになりました、福沢祐巳です。 えっと、よろしくお願いします」

 自己紹介を終えると、クラス中から見事なまでの拍手が沸き起こった。

 わわわ。
 なんで?
 う、嬉しいような、恥ずかしいような、なんかわけかわんないけど。
 無視されるよりはいいよね。うん。


 「福沢さんの席はあそこの空いているところね。 それから、何かあったら島津さんに相談なさい。 彼女は生徒会書記長をやっているから」

 水野先生がそう言うと、今私の席だと指定された場所の隣に座っていた生徒が立ち上がって、会釈をしてくれた。

 小柄で、色白で、細くて長い三つ編みの、すごく可愛らしい子。

 うあ、ヤバ。
 私、顔赤くなってるかも…。


 「島津由乃よ。 よろしく」
 「あ、うん。 …よろしく」

 席に着きながら島津さんは小さく笑った。

 あ、私ちょっと挙動不審気味だったかな。
 だって、隣の席の子がこんなに可愛い子だったら、誰でも…ってなんかこれじゃあ私、まるで男子中学生みたいじゃない。

 落ち着け、落ち着け!


 *     *     *     *     *


 そして、お昼休み。

 どうしよう、誰とお弁当食べよう、なんて4時間目が始まるくらいから悩んでいたのがバカらしくなるくらい、あっさりと島津さんは私を昼食に誘ってくれた。

 って言っても、机を向かい合わせにくっつけて食べるだけだけど。


 「ねぇ、福沢さんって」
 「あ、祐巳でいいよ」
 「じゃあ、祐巳さん」

 なんか、同級生に「さん」付けされるのって新鮮を通り越して、なんだか変な感じ。
 呼び捨てでいいのに、って思ったけど、周りも大体苗字か名前に「さん」付けで喋っているから郷に入っては郷に従えというやつで。

 「うん」
 「私も、由乃でいいよ」
 「わかった」
 「で、さ。 祐巳さんって、前の学校では何かやっていた?」
 「何かって?」
 「部活とか、生徒会とか」
 「特に何もしてなかったよ」
 「これからする気は?」
 「ん〜、ないかな」

 元々、運動もそんなに出来ないし、文科系の部活に入ったところで不器用だからだめなのは目に見えてるし。
 それに、夏休み明けっていうこの中途半端な時期に入ったって、うまく周りに溶け込める気がしない。

 だから生徒会なんてそれこそ無理だ。
 統率力ゼロだし。
 話し合いの場で堂々と意見言える気がしないし…。

 だから、この学校に来ても特にやりたいと思うことはなかった。

 親の都合での転校だし、卒業さえできればいいかな、なんて。


 「それじゃあ今、十月にある学園祭の準備で手伝いを探してるんだけど、どう?」

 え?
 ちょっと。
 由乃さんって、人の話きかない人?

 「「それじゃあ」って。 何もする気ないって言ってるのに。 それに生徒会なんていきなりムリだよ」
 「『手伝い』よ」
 「それって、同じようなものじゃないの? 選挙とかは…?」
 「ないない。 私の独断でも決められるの。 作業も事務的なことだけ」
 「でも…私転校してきたばっかで、この学校のことよく知らないし…」
 「それじゃあ手っ取り早く知るためにやってみない? この学校のことが一番分かる場所だよ」
 「え? でも…」

 あぁ。
 そう言われればそうかも…。

 え、でも待って…。
 そうじゃない、そうじゃない。

 「ね? 学園祭が終わるまででいいの。 ほんの少しの期間だよ。お願い!」

 言って、由乃さんは机におでこをぶつけそうな勢いで頭を下げた。
 その上で手を合わせている。

 お、拝まれてもなぁ…。


 「…う〜ん」
 「よし決まり!」
 「ちょっ! 今考えてて、別にうなずいたわけじゃ…!」
 「ありがとう、助かった! 祐巳さんが転校してきてくれてよかった!」
 「…もう…いいよ」


 なんだかうまいこと乗せられた気もしないでもなく…ってゆーか、完全にうまいこと乗せられてるよ私!

 ど、どーしよ…。





『EXTRA PROBLEM 前編』 終わり




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