EXTRA PROBLEM
後編
「祐巳さん、これからちょっと時間ある?」
放課後。
掃除当番でもないし、帰ろうかと玄関へ向かおうとしたとき、教室から出てきた由乃さんに声をかけられた。
「ん? うん。 引越しの荷物の整理とかはもう済んでるし、特に予定はないから大丈夫、だけど?」
「よかった」
言って由乃さんは私に小走りで寄ってきて、手を取った。
わ。 由乃さんの手、冷たい。 冷え性なのかな?
すべすべしてて、綺麗な手。
「今日は会議ない日だし、志摩子にだけでも紹介しとこうと思って」
っと。 なになに?
「志摩子?」
「生徒会副会長。 隣のクラスなの」
「副会長さん!? いきなり…! わ、わ、緊張する」
「あなたの中の副会長はどれだけすごいイメージなのよ」
「だって…」
初めて会う人でも緊張するのに、この学校の代表(副だけど)の人にいきなり会うなんて。
それが仮令同い年だとしても。
「ホラ、早く。 志摩子帰っちゃうかも」
「わぁ! ちょっ! ひっぱらないでよ、由乃さ〜ん」
というわけで。
私は強引に2年B組の戸の前に引っ張ってこられた。
私の手を握っていない方の手で開けっ放しだったその戸をノックしならがら、由乃さんはこの階中に響き渡るのではないかという大きな声で 「志摩子―!」 と叫んだ。
私は急用を思い出して帰ろうかと思ったけど、きつく握られた手を振り払うなんてことできなくて。
由乃さんの声の大きさについて小さく注意することしかできなかった(爽やかに無視されたけど)。
「はぁい。 あら、由乃さん。 何かご用?」
「あぁ、志摩子」
教室の奥から出てきたその人は、とても…私の言葉じゃ表現できないくらい綺麗で。
その柔らかな雰囲気と落ち着いた口調で溶かされてしまいそう。
「こちら、今日転校してきた福沢祐巳さん」
ぼーっとしていたら由乃さんに志摩子さんの前に押し出された。
危ない、あっぶな!
もう少しで志摩子さんにぶつかりそうだったよ。
初対面の副会長さんを押し倒すわけにはいかないよね。
いや、別に初対面じゃなくてもだけど…。
とにかく私は体勢を自力で整えることができた。
「あら、残念」
「へ?」
「あ、いえ。 初めまして、藤堂志摩子です」
「あ、は、はじめましてっ! 福沢祐巳です」
「1日も早く学校に慣れるといいですね」
「は、い。 ありがとうございます…」
もう一度私に笑顔を向けると、志摩子さんは由乃さんの方を見て、用件はこれだけ? というように首をかしげた。
「私の補佐」
その由乃さんの一言を聞いて、志摩子さんは目を輝かせた。
「あら。 それは、おめでとう」
おめでとう??
「由乃さん、祐巳さんにくわしい説明していないの?」
なんだなんだ?
詳しい説明なんて何も聞いてないぞ。
由乃さんの方を見ると、「仕方ない」 といった感じでため息をついてから説明の態勢に入った。
「…えっと。 ちょっと家庭の事情で…あ、私たちも詳しくは知らないんだけどね。 生徒会の書記補佐をやってたコがいきなり転校しちゃって」
「う、うん」
「私、書記長でしょ? だから補佐代理を探してて。 だけど、みんな全然やってくれないのよね。 普段は、きゃー会長! きゃー副会長! うるさいったらないのに」
「あら。 みんなに好かれるのは生徒代表の立場として喜ばしいことだわ」
「うん、志摩子ちょっとズレてる」
「ねぇ、ちょっと待って。 ここの生徒会の組織って?」
話がこのまま漫才に変わってしまっては困るので、私は2人の会話に割って入る。
すると今度は藤堂さんが説明をしてくれた。
「えっと、会長に副会長、書記長、会計長、広報係長の五役と、書記長と会計長それぞれに補佐、副会長は私と令さま ――あぁ、令さまというのは、3年生の先輩よ―― の2人だから、うちの生徒会総務は全員で8人ね」
「でも、今は1人欠けて7人」
「で? 私がその欠けた1人を埋めるって?」
「そう」
由乃さんはまるで 「1+1=2です」 って答えた人に言うようにその2文字を私に放った。
「「そう」って! ちょっと! 思いっきり役員じゃない! 全然手伝いって軽い感じじゃ…」
「だーいじょうぶ、大丈夫。 補佐代理だから」
「言葉的には軽い感じになってるけど」
「ええい、文句言うなぁー!」
由乃さんは両手を振り上げて怒った。
そんな理不尽な。
「由乃さん、祐巳さんが納得していないのに、無理やり誘うのはだめよ」
あぁ、藤堂さんありがとう。
藤堂さんの背中にね、羽が見える気がする。
「だってぇ〜」
「祐巳さんも、ごめんなさい。 転校初日にこんな…」
「ううん! そんな、いいのいいの…」
「むぅぅぅ。 覚えてなさい、祐巳! ぜぇーったいに私の補佐にしてやるから!」
ビュン! と風を切るように私の鼻先を指差したあと、由乃さんは台風のように去っていった。
生徒会役委員ともあろうお方が廊下を全力疾走するなんて…。
そして何気に呼び捨てですか。
さっきうっかり流しちゃったけど、藤堂さんも私のこと名前呼びだし。
意外とフレンドリーな方なのかな?
「気にしないでね、祐巳さん。 由乃さんはいつもあんな感じなの」
「は、はぁ…」
「それじゃぁ、私たちも帰りましょうか」
「うぇへ?」
突然のことにびっくりしすぎて思わず変な声が出ちゃったよ。
だって志摩子さん、いきなり私の手を握ってきたから!
「? これから何か用事があるのかしら?」
「い、いえいえ!」
「ふふっ。 なら、行きましょう」
「あ…、はい…」
そして、なんだかよく分からないうちに志摩子さんと一緒に帰ることになって。
玄関まで行く途中にいろんな教室の説明とかをしてくれた。
親切な人なんだね。
初対面の私にここまでしてくれて。
やっぱり、誰にでもこんな感じなのかな?
さすがに私にだけこんな ――
「待てー!」
「「??」」
校門を少し出たあたりで、後ろから猛スピードで (叫びながら) 由乃さんが走ってくる。
「はぁっ…、追いついた…! 志摩子っ! 祐巳は私の、補佐なんだからっ…、はぁ…、勝手に連れまわさないでよね!」
「…チッ。 由乃さん、まだ祐巳さんが補佐になるとは決まっていないじゃない」
え、何? 今の。
チッ て言った?
あれ? 志摩子さん?
あの綺麗で優しい志摩子さんですよね?
「ほう。 この私にケンカ売るなんて。 いい度胸ね、志摩子」
「あら、由乃さんったら。 誰に向かって口を利いているのかしら?」
あれ、ちょっと?
なんか…私、置いてきぼりっすか。
「あ、あの…ふたりとも…」
「ちょっと、祐巳うるさい!」
「祐巳さん、少しだけ待って」
私の発言は由乃さんと志摩子さんによってほぼ同時に遮られた。
そんなステレオで言われちゃあ黙って待つしか…。
ふたりの口論はもうしばらく終わりそうにない。
なんだかそこはかとなく妙なことに巻き込まれてる気はするけど…。
あぁ…、マリアさま。
どうか私に平穏平凡な学園生活をお与えください…。
『EXTRA PROBLEM 後編』 終わり
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