今日はオフの日だっていうのに、珍しく昼間に目が覚めた。

 気味が悪い。
 こんなに目覚めが良いなんて。

 …昨日、酒を切らしてあまり飲まなかった所為だな。


 「…あ〜…」

 喉が渇いた。

 上のバーに行って、幾つか拝借してくるか。



白昼夢




 エレベーターで一階に上がり、秘書室を少し過ぎた辺りでシャノワールの司会兼売店の売り子である、シー・カプリスの困惑した声が聴こえてきた。

 「?」

 何やってんだ、あいつ。

 売店を覗いてみると、彼女は高い棚の上に手を伸ばし、「う〜…」とか、「よっ…!」とか言ってぴょこぴょこ跳ねている。


 どうやら、奥の方に在る商品を取ろうとしているようだ。

 「(バカか…)」

 踏み台でも何でも使えばいいものを。

 「(そんな事より 酒、酒…っと)」

 アタシはシャノワールの バカ・ナンバー2(ナンバー1はエリカだ)を無視してバーへ向かった。


 「キャッ…!!」

 直後、短い悲鳴と 酷い騒音が売店から聞こえてきた。

 「おいおい…」

 あのバカはまったく…。


 「いたぁ〜…」
 「何やってんだよ、騒々しい」

 アタシは駆け込むのも 何だか…な感じがしたので、できるだけゆっくり売店に入った。


 「あ、ロベリアさぁん…」

 シーは相変わらずトロンとした声と口調でアタシを迎えた。
 周りは音の通り 酷い状態で、ブロマイドやらオルゴールやら、シャノワールの土産物が散乱している。

 その中でシーは床にベタ座りで目を潤ませていた。


 「…ったく。踏み台でも何でも使いや良かっただろ」
 「へ? 見ていたんですか?」

 しまった。

 「もーぅ、それなら手伝ってくれたらよかったじゃないですかぁ」
 「………」


 涙目でそんな顔すんなよな。

 …それより、シーはさっきから座ったままでなかなか立ち上がらない。
 何所か怪我でもしたのか?


 「おい。いいから早いとこ コレ片付けろよ」
 「むぅ。わかってますよぉ…!」

 難なく立ち上がる。
 怪我は無かったようだな。


 「ふん。じゃあな」

 とりあえず酒だ。


 「え? ロベリアさん どこ行くんですかぁ?」
 「あぁ? ドコでもいいだろ」

 嫌な予感がする。

 「片付けるの 手伝ってくださいよぉ〜」

 …やっぱり そうきたか。


 「なんでアタシが。隣(秘書室)に居る片割れにでも頼みな」
 「えぇ〜 ダメですよぅ。メルは今 オーナーの付き添いで出かけてるんですぅ」

 なんだって このタイミングで…。


 「なら、他の」
 「エリカさんは教会に用事、コクリコちゃんはサーカスのお手伝い、グリシーヌさまと花火さんは今夜の舞踏会の準備だそうでぇ。今日はシャノワールにいらっしゃいません」

 …なんだって このタイミングで……。


 「ね♪ ロベリアさぁん」
 「なにが 「ね♪」 だ。アタシだって暇じゃ」
 「お願いですぅ 手伝ってくださいよぉ。お礼はしますから! カ・ラ・ダ・で(ハァト)」

 言って、シーはアタシの腕にまとわり付いてくる。


 「燃やすぞ てめぇ」
 「きゃあ! ホントに火ぃ出さないでくださいよ〜。じょおだんです、じょおだん。」
 「ふん。ったく、そんなくだらない冗談言ってないで 早いとこやるぞ」

 アタシは床に散らばったブロマイドを何枚か拾い上げた。
 シーは、きょとんとしてアタシを見上げている。


 「へ? ホントに手伝ってくれるんですかぁ!?」
 「あぁ? 手伝って欲しかったんじゃないのか」
 「は、はい! わーい! やったぁ♪」



 売店の片付けは思った以上に時間がかかった。
 こいつ、どんな派手なコケかたしたんだ…。

 「ありがとうございましたぁ! ロベリアさんのおかげで高いところも楽々でしたねぇ」
 「アタシはお前の踏み台かよ」
 「もーぅ、素直にどういたしましてって言えないんですかぁ?」


 そもそもお前が散らかしたんだろうが。
 手伝ってやってその言い方はねぇだろ。
 こっちはのど渇いてしょうがないってのに。

 アタシはそんな色んなイライラをぶつけてやることにした。


 「…………」
 「えっ!? キャ! いたたっ」

 右手でシーのあごのあたりを鷲掴みし、左手で抵抗するシーの右手を封じた。
 そのまま壁際まで押し進めて逃げ場をなくす。

 「あ、頭うったぁ〜…。いきなり何するんですかロベリアさぁん!」
 「さぁてねぇ? 何すると思う?」


 上を向かせて顔を近づける。
 シーから一瞬、甘いバニラの匂いがした。


 「ぅぅ、放してくださいよぉ…なんでこんなイジワルするんですかぁ」
 「アタシはのどが渇いてるんだ」
 「………?」
 「バーに酒を拝借しに来たのをお前に邪魔されてな」
 「だ、だから…?」
 「お前に潤してもらおうと思う」
 「へっ!? ちょ…」


 アタシはシーの言葉ごと唾液を飲み込んだ。
 舌を動かすほど溢れてくるそれは、どんな酒よりも極上の味だった。

 やがてシーはずるずると床にへたり込んでしまった。


 「ん…」
 「腰抜けたか?」
 「………」


 真っ赤な顔で睨んでくる。
 そんな目で睨まれても迫力は皆無だな。


 「じゃ、ごちそーさん」
 「えぇ!? ま、待ってくださ…立てないのに置いてかないでぇ!」
 「そのうち動けるようになるさ。それに、カラダで払うっつったのはお前だろ」
 「…ロベリアさん、ひどすぎですぅ…」
 「気付くのが遅かったな」


 シーの抗議の声を遠くに聞きながら、アタシは軽い足取りで売店を出た。

 たまに昼に活動するのも悪くないな。





『白昼夢』 終わり




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